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島根県浜田漁港を拠点に仲卸業を営む「やなぎ水産」。ここでは、暖流と寒流がぶつかり合う島根県西部沖の旬の鮮魚を厳選し、顧客一人ひとりの好みに合わせる完全オーダーメイドの鮮魚定期便を提供している。三代目柳雄一郎氏の情熱と、まるで専属のコンシェルジュのようなホスピタリティが詰まった、他では味わうことのできない極上の食体験をご紹介する。

ノドグロ、カレイ、どんちっちアジ。
島根一の漁獲量を誇るブランド魚の宝庫、山陰浜田漁港

日本海の豊かな恵みを受ける西日本屈指の漁業基地、島根県・浜田漁港。浜田沖だけでなく島根から山口に至る海域での漁獲もこの港へと運ばれ、水揚げ量は県内随一を誇る。とくに暖かな対馬暖流と島根冷水域といわれる寒流がぶつかり合う島根県西部沖は、魚の餌となる良質なプランクトンが大量に発生するため、脂のりの良い多種多様な魚が年間を通じて獲れるという。


春はスルメイカ、ノドグロ(アカムツ)、マトウダイ。夏はアマダイやマアジ。秋はカレイ、剣先イカ、サバ。そして冬の寒ブリ、タチウオ。浜田はまさに四季折々の魚の宝庫だ。その中でもノドグロは上質な脂と甘みがあることで知られ、食のプロフェッショナルからも高い評価を受けている。

どんちっちの魚

また、浜田漁港では港で水揚げされるすべての魚を「山陰浜田港」ブランドと銘打ち、全国各地へ出荷している。その一つが、浜田漁港の代表的な魚種であるマアジ、ノドグロ、カレイに独自の厳しい基準を設けた特選水産ブランド「どんちっち」ブランドだ。たとえば、一般的なアジの脂質は平均3.5%ほどだが、「どんちっちアジ」は平均脂質10%以上、旬の時期には15%を超え、その味わいはまるで極上のトロに匹敵するほど。舌の肥えた人々を唸らせる優れた浜田のブランド魚となっているのだ。


浜田漁港は古くから沖合底曳網漁業と中型まき網漁業を主とし、一本釣や定置網漁業の船も盛んに出入りしている。水揚げされる魚種が多岐にわたるため、1日に何度も競りが行われるが、そこで優れた目利きぶりを発揮しているのが、浜田で仲卸業を営む「やなぎ水産」の柳雄一郎さんだ。

一発競りに鍛えられた
瞬時に魚の状態を見抜く集中力と選定力

やなぎ水産は、戦後間もなく行商からスタートし、浜田港近くで70年近く鮮魚と青果の仲買と販売業を営んできた。柳さんが三代目として家業を継いだきっかけは、代表を務めていた祖父が80歳を過ぎ、突然引退を決めたことだった。その時柳さんは25歳。それまで鮮魚部門は祖父、青果部門は父が担当し、柳さんは祖父の仕事を手伝ってはいたものの、魚の競り方もさばき方も全く分からない状態。さらに、鮮魚部門の売り上げが全盛期に比べてかなり落ち、多額の借金があることを知ったのもこの時が初めてだった。


幼少期から祖父のすぐそばで仕事を見てきたとはいえ、自分は何の修業をしてきたわけではない。だが、祖父が愛したやなぎ水産をこのまますたれさせたくはない。


絶望的な状況に戸惑いながらも、柳さんは自分にできることは何か、どうすればやなぎ水産を継続できるのかを、ひたすら前向きに模索した。

やなぎ水産

「自分が働けば人件費がかからない。ならば、自分が祖父の意思を継ぎ、人の何倍も働けばいい」
そう考えた柳氏は、鮮魚部門を自分が担うと決意。まずは要となる競りを学ぶことから仲買人としての目と技を鍛え始めた。浜田漁港では1日に何度も「懐競り」と呼ばれる競りが行われる。懐競りは、競り子と呼ばれる売り主だけに分かるよう、仲買人が上着で手を隠しながら競り値を指示し、最も高値を示した者が競り落とすという「一発競り」。どれだけ良質な魚を競り落とせるか、その力が瞬時に試される厳しい世界だ。柳さんは夜明け前から何度も市場に通い、ベテラン仲買人たちと競り合いながら、魚の見極め方を徹底的に学んでいく。

せりの様子

市場から戻れば、仕入れた魚のさばき方を動画でリサーチし、ひたすら独学で練習。さらに梱包から納品、発送まで、朝5時から夜10時まで休むことなく働き続ける。「慣れない包丁仕事で指がパンパンに腫れ上がった」と柳さんは笑う。


「最初の5年、いや7、8年は本当に厳しい時期でしたね。でも、それだけ魚をおろし続けたからこそ、魚を見る目も養えたと思っています。同じ魚種でも同じ魚って一匹もいないんですよ。太っていたり、脂が乗っていたり、脂が乗っていなくても身質が良かったり、10匹いたら10匹味が違う。あの時期があったから、見るだけである程度その個体差が分かるようになりました」


一方、獲った魚を船上でどのように処理し、どのように扱って港まで運んでくるのか、船によって“癖”のようなものがあることも、競りに並ぶ魚を見続け、自ら捌き続けることで次第に分かってきた。自己鍛錬と一発競りの真剣勝負を重ねることによって、瞬時に魚を見抜く集中力と剪定力が柳さんに養われていった。

「新鮮な魚でも丸一匹が届くとお客様が困らないか」。
そこから始まったオーダーメイドの“仕立て鮮魚”配送

三代目としてやなぎ水産の鮮魚部門を担って15年。最高の魚が集まる浜田漁港で、柳さんは培ってきた経験と研ぎ澄まされた五感を駆使し、最高の魚だけを目利きする。そして、選び抜いた魚をそれぞれの用途に合わせて下処理し、顧客のもとへ届けている。
「どうしたらお客様に心から喜んでいただけるか。それだけを考え、お客様の要望には、どんな難題でも基本的に『YES』で答えます」と柳さんは話す。そんな彼の姿勢を決定づけたのは、ふるさと納税に参加したことにあったのだという。」


「やなぎ水産を継いでしばらくした頃、自分の魚をどこへどう出していけばよいか考えていた時に、たまたま『浜田市のふるさと納税の事業者に加わらないか』と声をかけていただいたんです。まだまだ経営が苦しかった時期でもあったので、すぐに挑戦してみようと決めました」
1万円の寄付で3000セット。これが最初に受注したふるさと納税の「おまかせ鮮魚セット」だった。初めての試みだったが、発注してくれた客にはすぐに電話やメールで連絡をし、どんな魚が好みでどんな下処理が必要か、要望を聞いて全て対応した。」

TBスタッフ

「いくら美味しい鮮魚がおまかせで届くとはいえ、大きな魚が丸々一匹届いたら処理に困るんじゃないかな、ってふと思ったんですよ。それでお客様に電話してみたら、一人ひとりいろんなご要望があることが分かってきて。それに応えているうちに、ありがたいことにリピートしてくださるお客様も増えました」
魚の味は、漁場や漁法、水揚げされた日の天候や潮の流れによって繊細に変化する。彼はそれらの違いを見極め、顧客の好みに合わせて最適な魚を選別する。


「浜田のノドグロはとても評判が高いので、おまかせセットにも『ノドグロを入れて』とおっしゃるお客様が多いんです。ノドグロは海の深いところで獲れたもののほうが皮下脂肪をたくさん蓄えているんですが、島根ではそういうノドグロを底引網で漁獲するので、鱗がはげて白っぽく見えます。これこそが脂が乗っている証拠。そうしたノドグロを選び、刺身用に3枚におろしたり、それを軽く炙ったりしてお届けしています」

魚を処理している様子

客のリクエストは魚種の指定だけにとどまらない。「この魚をこのサイズにカットして届けてほしい」「寿司で食べたいので皮を引いた状態にしてほしい」「食べたことがない魚を試してみたい」「4cmの豆あじだけをそろえて送ってほしい」。柳さんはこうした声に応えながら、鱗や内臓の除去やおろし方などオーダーどおりに下処理を施す。さらに昆布締めなどの下ごしらえを行ったり、実際にその魚を自分たちが調理した際の写真も添えたりと、きめ細やかで心のこもった対応に多くの顧客が感動を覚え、喜びのメールや手紙がたくさん届くという。

魚を処理している様子

柳さんはこうした姿勢で、高級レストランのシェフや食に並々ならぬこだわりを持つ人々から寄せられる多様なリクエストにも、一切妥協せず応えてきた。その人だけの“仕立て鮮魚”を届けるホスピタリティ。それこそが、やなぎ水産の信条であり、他では決して真似できない唯一無二の価値なのだ。

漁師への感謝を込め、いい魚は高値でも仕入れる。
それが、日本の漁業を未来に残す一歩となる

顧客一人ひとりと真摯に向き合い、どんな要望にも可能な限り応え続けた結果、やなぎ水産への注文量は順調に増え、その顧客からの紹介で新たな顧客が次々と生まれるようになった。さらに、「こんな魚が揚がったんだけど買い手はいるだろうか」といった漁師からの相談ごとも増え、今では仲卸業という範疇におさまらない活躍ぶりだ。

仲間と働く様子

その背景には、「自分が心から美味しいと思う魚を、お客様にベストな状態で味わっていただきたい」という思いのみならず、漁師への深い感謝と、日本の漁業を持続可能なものにしていきたいという強い願いが秘められている。
「やはり、いい魚はいい漁師が獲る。だから、漁師さんとの関係はとても大切です。彼らがいなければ僕たちの仕事は成り立ちません」


時には市場価格よりも高い値段で魚を仕入れることがある。それは、「良いものには正当な対価を支払うべき」という考えがあるからだ。特に、一本釣りや延縄漁といった手間暇のかかる漁法で獲られた魚は、網で大量に獲る魚に比べて傷が少なく、味わいも格別だ。しかし、漁師たちがこうした丁寧な漁を続けるためには、それに見合った報酬が必要になる。漁師が時間と労力をかけて獲った魚を適正価格で購入する人たちがいるからこそ、質の高い日本の漁業水準を保つことができるのだ。

柳さんが笑顔で働いているところ

こうした姿勢が、顧客だけでなく漁師からも厚い信頼を生み「やなぎ水産なら安心して魚を任せられる」という評価につながっている。
やなぎ水産には常に問い合わせの電話が鳴り響いている。「15年間ずっとしゃべり続けて、こんなガラガラ声になっちゃいました」と柳さんは笑うが、その声こそが、柳さんの目利きぶりと人柄、そして仕事への情熱に対する人々の信頼の証である。彼は今日も客と会話をし、市場に立ち、最高の魚を探し続ける。