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ワインづくりで名高く、様々なフルーツや魚介の産地としても知られる北海道余市町。今、この町の1軒の農場が生み出すブランド豚が、道内のみならず国内外の料理人を魅了している。抗生物質を使わず、衛生的で健康な環境とほとんど菌のないきれい水、そして“麦”と“ワイン”で健康に育成する「北島ワインポーク」だ。育ての親は、カネキタ北島農場の北島正樹さん。「余市からブランド豚を生み出す」。その固い決意から始まった挑戦のストーリーと、食の未来にかける想いをうかがった。

「自分で育てた豚なのに、なぜ自分の名前で売れないんだ」
ふと芽生えた疑問から始まったブランド豚の開発。

えび、いか、かれいなどの海の幸、道内屈指の生産量を誇るリンゴやブドウ、梨などのフルーツ、そして世界でも名高いワインやウィスキーと、多彩な食の宝庫として知られる北海道余市町。この地で1970年代より養豚場を営んできたのがカネキタ北島農場だ。北島正樹はその二代目として生まれ、いったん就職して社会経験を積んだのちに養豚業に戻り、2014年、父の農場を継承した。


幼少期からなんの疑問もなく家業を手伝ってきたという北島だが、改めて養豚を生業とするようになってしばらくした頃、ある時スーパーに並んだ豚肉を見て、ふと思った。


「どうしてうちで育った豚肉が『道産豚肉』としか表記されないんだろう」。
どんなに丹精を込めて育てても、出荷したとたん「国産豚」「道産豚」とひと括りにされてしまい、自分の名前を冠して売ることはできない。名高いブランド牛は数々あるのに、なぜブランド豚として売れないのか・・・。

北島農場の北島氏

当時世間では、「中国冷凍ギョーザ事件」や大手ブランドの食品偽装から端を発する食品安全性の問題が大きな注目を集めていた。
「せめて自分は、子どもに安心して食べさせられる健康な豚を育て、自分のブランド豚として世に出したい」。
そんな思いに駆られた北島は、それまでの養豚の既成概念を覆し、「抗生物質を使わない」飼育に挑む。環境の整備、飼料の見直しなどを経てようやく誕生した待望のブランド豚、それが「余市麦豚」だった。

薬を与えず育てる覚悟。人に頼らない豚舎管理。
豚にとってストレスのない生育環境を徹底して追求。

豚は本来デリケートで病気になりやすい動物だ。どんなに苦労して育てても、豚舎に病気が広がってしまったら生産者のダメージは計り知れない。ゆえに一般的な養豚では抗生物質などの薬剤が配合された飼料を与えて豚を育てる。だが、北島にはそれが納得できなかった。


「人間だって病気になるから薬を飲むのであって、健康な人は薬を飲まなくても健康じゃないですか。だったら、病気にならない衛生的な環境で健康な豚を育てれば、抗生物質配合の餌を食べさせる必要がない。飼料会社からは『今の時代、それは無理だ。どうしても病気は出るし、経営も駄目になる』と言われましたが、考えに考え抜いて、やはりうちの豚は抗生物質を与えずに育てると決意しました」

北島農場の豚たち

薬に頼らない養豚という困難な道を選んだ北島。まず取り組んだのは環境づくりだ。病原菌を進入させない、また舎内で拡散させないよう豚舎内外の衛生管理を怠らず、地下150mから汲み上げるほぼ無菌の清冽な地下水を豚に与えるなど、健康な環境づくりを徹底した。また、生育状況に合わせて豚が快適に過ごせる室温を24時間オートコントロール。豚がストレスなく暮らせるよう、豚舎は一頭あたりの飼育面積を一般的な豚舎の2倍に整備した。


また、北島は飼料の質にもこだわり、麦を全体の10%配合した飼料を新たに採用した。子豚の頃にはアミノ酸を多く含むエサを与え、成長した豚には麦を配合したエサを与える。そうすることで、あっさりとしながら脂が甘く、より旨みの増した豚肉へと生まれ変わったのだ。臭みもなく、肉質が引き締まっているためドリップも出にくい。

北島農場の豚たち

さらに、通常の養豚ではカロリーを上げて豚を太らせるために飼料に動物性の油を加えているが、北島はそれを植物性の油に変更。すると、しゃぶしゃぶにしてもアクがほとんど出ない肉質に変化したという。おそらく代謝が良くなり、体内の不要物がきれいに排出されているのではないかと北島は話す。さまざまな特長を持ち合わせたブランド豚、「余市麦豚」の誕生だった。


こうして生まれた「余市麦豚」の味は地域ブランド豚のさきがけとなり、求めやすい価格設定であったことも功を奏して道内で広く知られるようになる。そして北島が目指した次なるステップが、「余市麦豚」をさらに進化させた、よりプレミアムなブランド豚の開発だった。

余市ならではの特産品、ワインの効果が
旨み豊かな豚を育て、上質な味わいを生み出す。

余市からハイブランド豚を生み出すなら、余市ならではのオリジナリティを付加したい。そう考えた北島は余市の名産品であるワインに着目。ワインぶどうの搾りかすを餌に混ぜて与えてみたが、酸味を嫌ったのか、豚たちはキレイにそれだけを避けて餌を食べた。あれこれ悩む中、「ワインそのものを飲ませてみては?」と声をかけてくれたのが余市の「キャメルファームワイナリー」だった。


「その手があったか!とキャメルファームさんの赤ワインを飲用水で薄めて与えてみたところ、おいしそうに飲んだんですよ。中にはほろ良いで千鳥足になっちゃう子や、気持ちよさそうに眠っちゃう子もいて、人間と同じでリラックスできるんだなぁと。現在は生後30日から90日までの子豚にスパークリングワインを飲ませていますが、適度なアルコールとポリフェノールの効果か、みんな健康で大きく育ってくれています」

北島ワインポーク

こうして生まれた贅沢なブランド豚「北島ワインポーク」の肉質は、きめ細やかでしっとりと柔らかい赤身と、サラリとして甘い脂身が魅力。驚くべきは、旨み成分の一つであるグルタミン酸が一般的な豚肉の2倍相当あるということだ。豚肉ならではの旨みを持ちながら後味はすっきりとキレが良く、健康な豚肉だという安心感とあいまって、どこか清々しささえ感じる味わいとなっている。


「おすすめの食べ方はやはりしゃぶしゃぶ。脂身が苦手な方やお年寄りにも喜んでいただいています。また、ワインポークは時間がたっても柔らかいのが特長の一つなので、ステーキにも最適だと思います」

「北島ワインポーク」の味わいは道内外の名高い料理人たちも魅了。「北島さんが作り続けるかぎり『ワインポーク』を使う」と断言するシェフも少なくない。今や、ニセコの全ホテルをはじめ道内外の数々のホテルやレストレンなどで余市ワインとのマリアージュが楽しまれており、その評判は世界へと広まりつつある。

持ちつ持たれつで余市の食を活性化させ、
未来を開拓する“自ら動く生産者”。

従来の養豚業者の仕事は豚を育て、出荷することがすべてだった。しかし北島は、精肉業者や飲食店と直接取引をし、取引先の要望に合わせた状態で納品を行っている。自分で育てた豚のことは自分が誰より知っていると思うからだ。一方で、北島農場の豚肉を扱ってくれているホテルや飲食店には必ず足を運び、どう調理されているか自分の舌で確かめ、その味を楽しむ。


「お店に行ったら、『うちの豚肉がこんな料理になっています』と自分のSNSで発信します。するとそれを見た人がそのお店に食べに行ってくれるので、お店にとっても自分にとっても相乗効果が生まれています」

北島農場の北島氏

時には高品質の牛肉や鶏肉を必要としている飲食店に他の生産者を紹介したり、後輩たちに畜産の指導を行ったりすることもあるという。早朝から始まる豚の世話に追われながら各地を飛び回る多忙な日々。だが、「1日に24時間もあると思えば大変なことは何もない。全部楽しいと思えば楽しいし、当たり前と思えば当たり前だし。僕、スーパーポジティブなんです」と北島は笑う。


「全ては持ちつ持たれつ。良いものを育てる生産者と、それを食品や料理として提供する事業者や調理人との関係から、余市の食がより健康になり、活性化すればそれがいちばんうれしい」


いつでもどこでも駆けつけて、自分の豚を真摯に語り、相手の要望に耳を傾ける。そんな北島を周囲の人々は「自ら動く生産者」と呼ぶ。彼の熱意と、彼が育てるブランド豚の味わいが、余市のみならず北海道の食の未来を開拓していく。