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茶陶として珍重されつつ、使って楽しむ「用の美」の器としても広く親しまれてきた歴史を誇る佐賀県の伝統工芸、唐津焼。その多種多彩で奥深き世界へと誘ってくれるのが、唐津焼の伝承と発展に尽力する「GALLERY一番館」の代表、坂本直樹さんだ。並ぶ者のない唐津焼のギャラリストである坂本さんの目に映る、唐津焼の比類なき魅力とは。
「作り手八分、使い手二分」。
使うほどに味わいが増す、それが唐津焼の魅力。
声高に自己主張することのない物静かな佇まいなのに、そこにあるだけで見るものを惹きつける存在感を放つ。唐津焼は、そんな焼き物だ。16世紀頃から肥前国(現在の佐賀県および長崎県)で焼かれ始めたとされ、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に日本に渡った朝鮮人陶工が登り窯と轆轤(ろくろ)の技術を伝えたことから大きく発展した。

明治時代にはいったん衰退しかけるが、唐津藩の御用窯として代々続いてきた窯元である中里家の十二代で、後に人間国宝となる中里無庵が、古い窯の跡を発掘するなどして研究を重ね、桃山の古唐津の技法を再現。ここから唐津焼の評価が再び高まることとなった。
唐津焼の特徴はなんといってもその素朴な造形にある。桃山時代には当時流行していた茶の湯の「侘び寂び」の精神を感じると茶人たちに愛され、「一井戸二楽三唐津」と評される人気の茶陶となった。また、日本で初めて絵付けをした焼き物といわれる「絵唐津」の他、「斑唐津」「黒唐津」「朝鮮唐津」、「三島(みしま)」など、陶土の種類や釉薬、技法などによって多彩な種類を有しているのも唐津焼の特色だ。
一方で唐津焼は、「作り手八分、使い手二分」と言われ、使うほどに土色が変化し、貫入(ヒビ割れ)が入ることで味わいが増していくという。
「使うことでその良さや美しさを楽しめる、まさに『用の美』が、唐津焼の大きな魅力です。お茶を頂くにしても抹茶との色彩的なコントラストが非常に綺麗ですし、花入れとしても非常に花が生けやすい。『作り手八分、使い手二分』とは、唐津焼の良さを最も端的に表した言葉だと思います」
そう語るのは、唐津焼と有田焼の専門店「GALLERY一番館」の代表、坂本直樹さん。唐津焼を深く愛し、その継承と発展に尽力している坂本さんは、唐津焼を最も知る人物の一人と言っても過言ではない。
長年の交流で得た「三右衛門」からの信頼が
親子代々続く唐津焼への情熱を物語る。
そもそも坂本さんの実家は唐津で代々布団屋を営んでいた。しかし、趣味人であり特に焼き物好きだった父が、日本を代表する陶芸の三大名家「中里太郎右衛門」「酒井田柿右衛門」「今泉今右衛門」の「三右衛門」の信頼を得て1976年に美術陶磁器を扱う「一番館」をオープンした。

「その当時の三右衛門といえば非常に権威のある窯元でしたから、いきなり取り扱いをお願いするのはかなり大変だったようです。ただ、中里家とは祖父の代から深いお付き合いがあったため、『坂本さんだったら』とおっしゃってくださって、そこから柿右衛門さんも今右衛門さんもご同意くださったと聞いています」
そう語る坂本さん自身、幼少期から多くの陶芸品を目にし、手にとって育ったという。
「父が焼き物を集め、母が茶道を習い、という家庭で、いつもお茶の先生が家にいらしてお稽古をしてくださっていました。私ももの心つく頃には毎週のようにお茶席に座っていましたので、やはり焼き物については父の影響を受けていると思いますね」
父の薫陶によって焼き物を見る目を養った坂本さんは、大学卒業後に大手インテリア会社で経験を積んだ後、32才で独立し、福岡でギャラリーをオープン。現在に至るまで深く交流する隆太窯の中里隆や若手の陶芸家の作品などを扱い始め、ギャラリストとしての研鑽を積む。2011年には東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテルに「ぎゃるりあじゅーる」もオープンさせた。
2012年には唐津に戻り、父が運営する「一番館」を担うように。販売中心だった店舗にギャラリーを併設し、唐津焼を中心とする個展や企画展を開催して現代の陶芸作品を広く紹介している。また、唐津の地酒や料理を一番館がセレクトした唐津焼の器で楽しめる店「唐津ちょこバル」や、ゴールデンウィークの恒例イベントとなった「唐津やきもん祭り」、秋の「唐津窯元ツーリズム」などを立ち上げ、「食と器の縁結び」をテーマに唐津焼と唐津の食文化のコラボレーションにも力を注いでいる。
感性を磨き、努力を重ねて焼き上げた作品の価値を。
より正しく、より多くの人に伝えるという役目。
唐津市内には現在約70もの窯元が点在し、それぞれが個性ある作品を作り続けている。その中から一番館がどの作家を選び、どの作品を扱うのかは、坂本さんのギャラリストとしての真価が試されるところでもある。「僕はあまり深く考えるほうじゃないかも」と笑う坂本さんだが、作品の良し悪しを見定める眼は、長年の経験と相まって周囲から絶大な信頼を置かれている。
とはいえ、どういう作品をどういう価格で販売すれば適正と言えるのか、「そこが僕にとってもいまだに難しい」と坂本さん。
「中里太郎右衛門窯のように何百年も代々続いてきた窯元は、いわばメゾン。十四代の太郎右衛門先生が作るものは、ぐい呑みであっても10万円以上する作品もありますし、こういった窯元はジャパニーズ・ラグジュアリーブランドとして世界に誇ってよいと思います。一方で、同じ窯でも熟練の職人さんが轆轤を引いて窯で焼いたぐい呑みが3,000円だったりする。それが本当に適正な価格なのか。唐津焼に限らず、非常に手間をかけているのに価格が見合わなければ、どの焼き物も担い手不足になって衰退していってしまうかもしれません。日本が誇るべき焼き物の伝統を未来へ守り継いでいくために、作り手が努力を重ねて焼き上げた唐津焼の価値を、より正しく、より多くの人に伝えることが、僕の役目だと思っています」
茶陶として芸術性を誇る唐津焼と、日常使いをする「用の美」の唐津焼。その両方において適切な評価がなされ、揺らがぬ価値を持つブランドとして確立されることが、坂本さんが心から願う唐津焼の未来なのだ。
「唐津やきもん祭り」でも人気を誇る
新進気鋭の若手作家たちによる贅沢なセット。
そんな坂本さんは今回「Absolute」のために、作家本人と相談しながら企画を練った特別な唐津焼を用意してくれた。
一つ目は、「唐津やきもん祭り」にも協力している5人の若手作家の個性ある猪口が揃う「唐津やきもん祭り特別企画・人気陶芸家唐津猪口五客組」。酒器としても湯呑としても使えるようサイズを統一し、それぞれの作家が得意としている技法を坂本さんが依頼することで、この特別なセットが実現した。
「矢野直人さんは、1976年生まれの若手ながら抜群の人気を誇る作家さんです。朝鮮唐津や絵唐津、黒唐津、斑唐津など、桃山の古唐津を彷彿させる多彩な作品を作陶している方ですが、朝鮮唐津の猪口は今回が初めてということで、私もとても楽しみにしています」
石井義久はその矢野直人の弟子として修業を積んだ若手作家で、今回は唐津白磁を手がける。
「唐津白磁というのは僕の勝手な命名なのですが、30年前には唐津で磁器を焼いていた作家さんはほとんどいなかったんです。けれど最近は若手の中で素朴ながら柔らかい色目があって味わい深い磁器を焼く作家さんが出てきて、石井さんはそのトップランナーの一人だと思います」
岡本修一は、唐津焼の人気作家である岡本作礼を父に持ち、美術専門学校卒業後に服飾デザイン会社に勤務した後に陶芸を始めたという経歴の持ち主。
「その経験からか、どこかモダンなデザインの作品を作られる作家さんです。とてもきれいな三島唐津を焼かれているので、今回はぜひ三島でとお願いしました」
岸田匡啓、秋田菫は、もともと唐津とはゆかりがないものの、唐津焼に魅了されて移り住んだ作家たちだ。
「岸田さんは慶應大学で美術史を学ばれた方で、唐津焼の川上清美さんに師事され、2012年に独立されました。今回は特に評価が高い斑唐津をお願いしています。秋田さんは武蔵野美術大学卒業後に唐津へ移り、竹花正弘さんという作家さんのもとで修業された後に独立。独自の女性らしい感性や優しい線描が特徴で、今回は特にその魅力が際立つ絵唐津をお願いしています」
それぞれ異なる風合いが漂う猪口をシーンに応じて楽しむとともに、唐津焼の様々な技法を目にし、学ぶこともできる。「唐津やきもん祭り」を主催する坂本さんのディレクションならではの贅沢なセットだ。
じっくり愛でる至福、日常で使う贅沢。
唐津を代表する名門窯の作品を我が手に。
一方、「中里太郎右衛門陶房 新黒唐津猪口」は、歴史ある中里太郎右衛門陶房が初めて取り組んだ「新黒唐津」の猪口。今までの中里太郎右衛門窯の伝統的な黒唐津とは異なる、黒高麗をイメージした艶のないマットな黒唐津で、400年を超える伝統ある窯元の最新作となる。
「伝統ある窯が新しい黒唐津に挑戦してくれたことが本当に画期的で、僕の中でもどんなものができてくるかまだ分からない。数に限りはありますが、実に楽しみな作品です」
そして注目すべきは、当代の名人、十四代中里太郎右衛門が自ら轆轤を引き、中国宋代の磁州窯から伝わる「掻落し」の技法を駆使して生み出すオリジナル猪口、「十四代中里太郎右衛門作 唐津搔落し猪口」だ。
「現代の陶芸家の中で、この掻落しという技法をこれほど活かせる作家は十四代太郎右衞門先生をおいて他にいません。先生にこうした非常に手間のかかる猪口をお願いしたのは今回が初めて。手にしていただければ一生じっくり楽しめますよと自信を持っておすすめできる作品です」
いずれも一番館だからこそ用意することのできた特別な唐津焼の限定品だ。じっくり眺め、その美しさを愛でる至福と、実際に酒を汲み口へと運ぶひとときの贅沢。その両方が楽しめるのは、用の美を最大の魅力とする唐津焼だからこそ。
「唐津焼は10年使うと本当に味わいが増すものですから、少しだけ背伸びをして良い唐津焼を手に入れ、ぜひ使って楽しんでいただきたい。例えばペットボトルのお茶をそのまま飲むのではなく、唐津焼の猪口に注いで飲む。そんな小さな贅沢で気持ちまでちょっと変わるものなんです。常日頃から良い器を手にし、ちょっと食材にこだわった美味しい料理を作って楽しむという『日常の贅沢』を、ぜひこの機会に味わっていただきたいと思っています」