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日本の原風景そのもののような里山に、わずか13世帯30数名が暮らす長野県栄村小滝集落。2011年3月の長野県北部地震で壊滅的な被害を受けたこの集落の復興を助け、希少な地元米のリブランディングを成功させたのは、創業150余年、東京・銀座を拠点とする子ども関連事業を手がける老舗企業「ギンザのサヱグサ」だった。今、そのプロジェクトは村全体へと広がり、気概ある米生産者たちと共に「ライステロワール」という新たな概念を生み出している。

子どもたちのための自然体験プログラムを進める中、
「忘れられた被災地」で巡り合った美しき里山。

「ギンザのサヱグサ」は、日本が開国した直後の1869(明治2)年、唐物屋(輸入雑貨商)として創業。以来、婦人・子供服店、さらに子供服専門のスペシャリティストアへと姿を変えながら、銀座の地で歴史を紡いできた。2012年には、日本の将来を担う子どもたちの感性を育て、豊かで健全な社会・文化を残すことを目的とする「SAYEGUSA GREEN PROJECT」に着手。体験事業「SAYEGUSA & EXPERIENCE」を展開し、環境保全活動や自然教育にも取り組んでいる。

地域写真

2014年、その一環である野外体験キャンプの候補地を探す中で出合ったのが、長野県栄村の小滝集落だ。栄村は2011年に発生した長野県北部地震で甚大な被害に見舞われた。しかし、東日本大震災の翌日の震災であったことから世間の目も救助活動も東北に集中し、村は「忘れられた被災地」に。わずか13世帯30数名のこぢんまりとした集落である小滝も例外ではなく、約7割の田んぼが壊滅的な状態となった。

里山での野外キャンプ 里山での野外キャンプ

にもかかわらず、住民は「美しい里山をさらに300年後まで引き継ぐ」という壮大なヴィジョンを掲げ、集落独自の復興プロジェクトに取り組んでいた。サヱグサの五代目である三枝亮社長は、その懸命な姿に深く心を打たれる。と同時に、日本の原風景のような美しい里山に魅了され、子どもたちにこの豊かな自然と触れ合う体験をさせてあげたいと野外キャンプの開催を決定。ここからサヱグサと小滝集落の深い関係が築かれていった。

300年続いてきた営みを、300年後に引き継ぐ。
その思いから始まった小滝米のリブランディング。

三枝社長たちが小滝集落にしばしば通ううち、人々が直面している一つの課題が見えてきた。
「小滝はもともとコシヒカリの名産地で、集落の人たちは千曲川沿いの棚田で代々米作りを行ってきました。しかし、後継者や米買取価格などで米作りを継続するうえでの課題があることが分かったんです」


そう語るのは、当時から小滝集落と深く関わってきたサヱグサの近藤宏彦さん。村の基幹産業である秀でた「お米」を適正な価格で生産者から買い取らせていただき、適正な価格で販売を行う。そしてお米で栄村の経済を循環させていきたい。近藤さんたちはそう考えた


一方で集落の人たちは、300年続いてきた米作りという営みを、300年後にも引き継ぎたいという切実な思いから、小滝米を復興米としてブランド化し、多くの人々に直接販売して復興の一助と農業継続の契機にしようと考えていた。そこで生かされたのが、長年子ども服事業を続けてきたサヱグサにはブランディングのノウハウだ。三枝社長は、ユニバーサルデザインのロゴや、「お米をワインボトルに入れる」という新しい発想のパッケージを提案。こうして2014年、小滝米=「コタキホワイト」が販売されることとなった。

コタキホワイト商品イメージ

当初は銀座界隈でも「なぜサヱグサがお米を?」と驚かれたというが、小さな集落が身の丈で始めたプロジェクトという経緯に対する共感が広がり、次第に問い合わせが相次ぐように。翌15年にはグループ会社の株式会社サヱグサ&グリーンに「サヱグサ ライス&フューチャー」事業部を立ち上げ、10月から本格的な販売を開始。以降は年を追うごとにその評判が高まり、今や60社ほどの企業や法人、多くの一般客から絶えず注文が入るほどの人気ぶりだ。

深雪地帯の気候、肥沃な土壌。
そしてシリカとミネラル豊富な水が希少米を育む。

そもそも、なぜ栄村では上質な米が育つのか。そこには気候と土壌、天然水という3つの大きな理由がある。


栄村はかつて7m85cmという積雪量日本一を記録したこともある日本有数の深雪地帯で、厳冬期1月の平均気温は-1度。冷え込む夜は稲の呼吸が穏やかになり、日中の光合成で得たデンプンなどの栄養素が消費することなく稲に蓄えられるという。また、山間部から注ぎ込む雪解け水は、稲穂の根の生育を助ける養分「シリカ(ケイ酸)」やミネラルを豊富に含んでおり、これも稲作には最適といえる。

集落の様子

さらに大事なのは土壌だ。栄村には31の集落があり、それぞれに個性ある豊かな土壌を備えている。例えば小滝集落の土壌は、全国の田んぼのわずか6%しか存在しないという「多腐植質厚層多湿性黒ぼく土」。鉄やマグネシウムなどのミネラルを豊富に含み、農作物がいきいきと育つために効果的な腐植層が50cm以上も堆積している希少な土壌だという。

日本シームレス地図

近藤さんたちは、国立研究開発法人農研機構の「日本土壌インベントリー」活用して村内の土壌を精査し、地質についても国立研究開発法人産業技術総合研究所の「日本シームレス地図」ですべて確かめた。


「こうした土壌や地質といった条件や、1日の日照時間など環境のわずかな違いで、同じ品種でもお米の味や香りに個性が生まれます。それを知って、まるでワインづくりで言うところの『テロワール』だな、と感じたんです。希少な秀品を生み出す栄村のベテラン生産者さんや、若き専業農家さんたちと力を合わせ、小滝集落のみならず、栄村の集落それぞれの『ライステロワール』を大切にしたブランディングをしていきたいと強く感じました」

お米の管理の現場

もちろん、ただ生産するだけではブランディングとして事足りない。栄村では各集落の米の品質を担保するため、販売用の米はすべて玄米のまま15度という低温で管理貯蔵。注文を受けてから精米し、その後「割れ米」の選別除去を行うことでさらに旨みや食感を向上させている。また、国際的な手法を取り入れた独自の衛生管理法を定め、異物混入も徹底して防いでいるという。

出荷にあたっては、パッケージングからラベル貼り、伝票作成まですべて村内で完結。こうした取り組みが村内の雇用を創出し、農業の継承、ひいては栄村の活性化に貢献していることは言うまでもないだろう。

お米マイスターが「これぞ」と推す
その年のベストなライステロワールを味わう。

現在「サヱグサ ライス&フューチャー」では栄村の集落を「千曲リバーサイド」「東部エリア」「秘境の里エリア」の大きく3エリアに分類。そして、栄村の秀品生産者と「サヱグサ ライス&フューチャー」のお米マイスターがその年のベストな田んぼを選定し、限定市場に出荷するというスタイルをとっている。ライステロワールを大切にするため、異なる集落、異なる生産者の米をブレンドすることは決してない。


今年、彼らが「これぞ」と推すベストなライステロワールは「サカエブレンド 千曲リバーサイド」。千曲川流域の収穫のみにこだわり、生産者も厳選して高い品質を担保している。その味わいは、予約が取れないことで知られる一流料亭や老舗レストラン、さらに大手航空会社からも高く評価され、発注が続いているほどだという。

生産農家さん

「リバーサイドエリアには、まだ30歳そこそこでおいしい米作りに情熱を注いでいる男性など、優れた生産者さんがいます。『サカエブレンド 千曲リバーサイド』はもちもちとした食感と冷めてもおいしい味わいが特徴で秀れたクオリティだと確信しています。ぜひリバーサイドのライステロワールを感じながら味わっていただきたいと思います」


そう力強く語る近藤さん。ふるさと納税などに出品される栄村の米は、正直なところ手頃な価格とは言い難い。にもかかわらず、返礼品として受け取った人の多くがリピーターとなって翌年、さらに翌年と申し込みを続けるという。それは、サヱグサと栄村の人々が行ってきたブランディングにより、栄村のお米の価値が正しく消費者に伝わっている何よりの証。「おいしかった」「また食べたい」という消費者の声が、さらに秀れた米を作ろうという生産者たちのモチベーションへとつながっていく。

風景&人物イメージ

「今はまだ限られた集落のお米しか扱っていませんが、今後は村の生産者さんたちと力を合わせてエリアを拡大していく予定です。村の基幹産業である米作りによって村に経済を循環させ、かつて村を離れた人々も戻ってこられるような収入を創出する。そして、栄村の名を300年後の日本にも残す。そんな力が栄村のライステロワールにはあると思っています」


そう語る近藤さん。日本の米農業、日本の里山、そして日本の食文化を、300年後まで守り継ぎたいという栄村とサヱグサの強く熱い思いを、「千曲リバーサイド」のライステロワールと共に噛み締めたい。