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洋服をこよなく愛する国内外の名門テーラーやアパレルメーカーが、こぞってオリジナルハンガーを発注するブランドがある。「NAKATA HANGER」。職人の手仕事によって、高い機能性とデザイン性を併せ持つ木製ハンガーを1本1本生み出している国内唯一の木製ハンガー専門ブランドだ。そのものづくりには、「ハンガーは洋服と幸福、両方の“ふく”をかけるもの」という、創業以来変わらぬ想いが込められている。
サヴィル・ロウの高級テーラーがこぞって採用する
「NAKATA HANGER」の木製ハンガー
イギリス・ロンドンの中心部であるメイフィア地区の1本のストリート、サヴィル・ロウ。英国王室御用達をはじめとする名門高級紳士服店が建ち並び、“紳士服の聖地”として知られるこのサヴィル・ロウにおいて、ほぼ7割の店が採用したことがあるという高級ハンガーがある。日本のブランド、「NAKATA HANGER」の木製ハンガーだ。
ハンガーを使わない家はまずないはずだが、その形状や材質はさまざまであり、おそらく家庭ではプラスティックのものが大半を占めるだろう。一方で「NAKATA HANGER」は、「無駄のないデザイン」と「洋服のシルエットを保つための機能」を併せ持つ多種多様な木製ハンガーのみを作り続けているブランドだ。手がけているのは、国内唯一の木製ハンガー専業メーカーとして日本のアパレルブランドの高いリクエストに応え続けてきた「中田工芸」。3代目社長である中田修平氏は言う。
「洋服が型崩れしないという機能的な価値と、天然素材である木の温もりと高級感、使うことの安心感や幸福感といった情緒的な価値。その両方の価値をお客さまにお届けしたいという想いを胸に、ユーザー視点でハンガーを見つめ直し、職人の技と知識と経験を最大限に発揮して1本1本作り上げています」
ひたすらにハンガーの本質を追求し、その価値を磨き抜いてきた中田工芸。その歴史を遡ると、源は1917(大正6)年に中田要太郎という一人の男性が始めた兵庫県で荒物屋、「中田要商店」にあった。
アパレルブランドの難しいオーダーに愚直に応え続け、
試行錯誤で培った高い技術と豊かな知恵
当初の中田要商店は家庭用のさまざまな日用品を商う、いわば雑貨店だったという。終戦後の1946年(昭和21)年、復員して中田要商店で働き始めた要太郎の長男敏雄は、森山清というハンガー職人に出会う。戦後の物のない時代、繊維産業や服飾産業が発展していくのは明らかであり、洋服が販売されるようになればハンガーも必要とされるに違いない。敏雄のその直感から中田工芸のハンガー作りが始まった。
敏雄は神戸や大阪のテーラーを行商してまわり、徐々に販路を切り開いていく。1950年頃には当時「小売の王様」と称された百貨店との取引も開始となり、敏雄はハンガー一筋で行くことを決断。後に自らが商店を継承した1946年を創業年としたことからも、ハンガーとの出会いが中田工芸にとっていかにエポックメイキングな出来事であったかを物語っている。
1980年代には、いわゆるDCブランドブームが到来。中田工芸にもコム デ ギャルソンやヨウジヤマモト、イッセイミヤケといったデザイナーズブランドから店舗用のオリジナルハンガーの注文が次々と舞い込む。
「そういったブランドは今でも私共の大切なお客さまですが、当時はありがたいことに作っても作ってもどんどんオリジナルハンガーの注文が入ってくるような状況でした。どのブランドもデザイナーさんのこだわりが強いので、こんな形にしたい、こんな色にしたいという、非常に細かいご要望があるんです。その困難なオーダーに、一つ一つ『じゃあこういうふうに作ってみようか』と試行錯誤を続けながら愚直にお応えし続けてきたことで、木製ハンガーにおける技術、経験、知識というものが蓄えられていきました」
80年代の日本の経済成長とともに中田工芸は急激に売り上げを伸ばし、アパレル業界での実績を重ねていった。
荒波に揉まれる日々を乗り越え、
自分たちのハンガーを提案するブランディングに挑戦
しかし、どんな事業にも波乱はある。90年代に入ると、バブルの崩壊などを受けて日本経済はデフレの一途をたどり、いわゆる「失われた30年」へと進んでいく。また、90年代半ばには全国で中国製のハンガーが多く使われるようになり、中田工芸も価格競争に巻き込まれ、苦しく厳しい十数年が続くことになった。
当時の2代目社長だった孝一は、この事態にただ手をこまねいているのではなく新しいことに果敢にチャレンジしようと、自ら学んで公式ウェブサイトを開設。2000年には自社のハンガーを販売するECサイトを立ち上げた。この一歩が、中田工芸にとって大きな意味を持つことになる。
「そもそも私共はメーカーですから、百貨店やアパレルブランドからのご要望には何でもお応えすることで事業を続けてきましたが、ECサイトに来店されるのは一般の方が多いわけですよね。その方たちから『自分の洋服に合ったハンガーが欲しいんですけど、おすすめのものはありませんか?』といった問い合わせが来るようになり、ハッと気づいたんです。我々は常に受け身で仕事をしてきて、自分たちからハンガーを提案したことがなかったと。それが、父・孝一にとっても中田工芸にとっても、改めてハンガーについて考え直すきっかけとなりました」
一般の人にとってハンガーは家にあって当たり前のものであり、自分で選んで買う機会はあまりない。それゆえにハンガーのことは何も分からないのは当然だが、自分たちにもまだまだ知らない奥深さが、ハンガーの世界にはあるのではないか。だったら、ハンガーの面白さを自分たちからどんどん発信していこう。そう考えた孝一氏たちは、ブログなどでハンガーの種類や形状について積極的に発信を始める。
その先にはさらにもう一つ、大きな転機が待っていた。2004年秋に台風23号が兵庫県豊岡を直撃。円山川の決壊により中田工芸は工場の1階がすべて浸水という大被害を受ける。この様子を知り、遠くアメリカの地で心を痛めていたのが、当時ニューヨークの企業に勤務していた孝一氏の長男、修平氏だ。
「機械も製品も大きな損害を受けて翌年まで操業を停止せざるを得ない状況でしたが、なんとか立て直しを図ろうと、社員一丸となっていました。その中で具体化してきたのが、東京にショールームを開設するという計画だったんです。それまでは卸売業者さんなどを通じて発注元に製品を納品するという流れがほとんどでしたが、インターネットの普及により、直接アパレルブランドと取引するケースが増えていました。そうなると東京に営業所があったほうが何かと便利になってくる。だったら、ぜひその事業を担いたいと、帰国して家業に入ることを決意しました」
2007年、中田工芸は東京・青山にショールームを開店。この年が、中田工芸にとってまさに第2の創業年となった。
ハンガーは洋服が帰り、次の出番を待つ場所。
服を掛け、福を掛ける一本を大切な人へのギフトに
もちろんショールームをオープンしたからといってすぐに中田工芸のハンガーが広く認知されるわけではない。BtoBだけではなくBtoC、つまり一般客にも中田工芸の製品を届けたいと、自社ブランド「NAKATA HANGER」を立ち上げ、30種ほどのオリジナルハンガーをラインアップ。2008年には石川県の伝統工芸、山中塗りの職人とのコラボレーションによる漆塗りのハンガーを限定販売する展示会「Hanger Meets Japan」を開催するなど、新たな取り組みを次々に打ち出すが、それでも業績にはつながらなかった。どうしたら世間に「NAKATA HANGER」を知ってもらえるか。必死に考えた修平の頭に浮かんだのは、祖父が口にしていた「ふくをかける」という言葉だった。
「『ハンガーは洋服だけではなくて、幸福もかけるんや』。それが創業者である祖父・敏雄の口癖でした。この言葉をヒントに、『服を掛ける』と『福をかける』をかけたコンセプトで、結婚式の引き出物に使っていただくことを思いつきました。新郎新婦にお選びいただけたら、披露宴にいらっしゃる50人100人のお客さまにうちのハンガーをお届けすることができる。これは大きなチャンスだと思いました」
2009年、結婚情報誌に広告を出すことから引き出物としての展開をスタート。出席者の名前をそれぞれ刻印したハンガーを全員分用意するといった手間と工夫も功を奏し、思いもかけぬほどの反響を呼ぶことになった。さらに、引き出物でその魅力を実感した人たちが、特別なハンガーとして「父の日のプレゼントにしたい」「新居で使いたい」と「NAKATA HANGER」を求めるようになり、その人気は確実に高まっていく。
唯一無二のブランドとしての認知は国内にとどまらなかった。2023年、『The New York Times』は修平氏のインタビューを掲載。「ハンガーはコートを掛けるだけではない。『NAKATA HANGER』は、実用性のみならず、日本の職人技の粋を反映させた製品づくりを目指している」と絶賛した。
同じ年には、ロンドンのサヴィル・ロウで初の自社イベントを開催。世界に1本しか存在しないサヴィル・ロウ仕様の漆塗りハンガーをはじめ、職人たちが手作業で仕上げるハンガーの数々や愛用の道具などの展示を行い、目の肥えたサヴィル・ロウの多くのテーラーたちをうならせた。このことから名門ビスポーク・テーラーとの新たな取引が生まれ、そればかりか翌2024年はイギリス王室にハンガーを献上するという栄誉にも浴することとなったとい う。
もちろん、その国内外での人気を支えているのは、「NAKATA HANGER」の高いクオリティだ。たとえば「Authentic」コレクションの中で最も人気の高いスーツ用ハンガーは、首から肩先の形を再現したカーブが絶妙で、立体裁断で作られる洋服にとって理想的な形状。肩先に厚みがあるため、袖を立体的に保ちながら洋服を支えてくれるという。修平氏は語る。
「ハンガーは洋服が帰る場所。大切なお客さまが大切にしている洋服が、次の出番まで休む場所です。そして次にその服を着る時に、お客さまに喜んでいただき、できれば幸せになっていただくことが私たちの願いです」
洋服のシルエットを損なうことなく美しく保つ機能性、洋服をかけていない時でも眼を楽しませるデザインと木目の情緒、親から子へと受け継いでいけるほどの堅牢性。それを生み出しているのは、修平氏をはじめとする中田工芸全スタッフ、全職人が木製ハンガーに込める情熱と誇りだ。初めてのビジネススーツに腕を通す新社会人へ就職祝いとして。新しいクローゼットに愛用の服をかける家族に転居祝いとして。そして、毎日頑張る自分に「お疲れさま」のギフトとして。洋服とともに幸福をかけるハンガー、「NAKATA HANGER」の価値ある一本を贈りたい。













