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美を追求し続けてきた伝統技術ディレクター立川裕大さん。独自の美意識で創造される「AMUAMI」はいまや国内外のラグジュアリーブランドやハイエンド客に愛され、世界中の人々を魅了しつつある。20年以上にわたり伝統技術を見てきた立川さんが考える、日本文化の向かう先はどこなのだろうか。


忘れ去られつつある日本の伝統技術を編集し、新たなデザインへと昇華させる「ubushina」の開始から20年あまり。新ブランド「AMUAMI」がスタートした背景には、オートクチュール最大の強みであり、同時に弱みでもあった“1つしか作れない”ことへのジレンマがあったという。


「ひとつひとつの仕事は大きくても、ubushinaの案件はいつも単発。求められる技術が都度変わるので、職人の腕が素晴らしくても、継続的な仕事は作りにくかったんです。」


国内外で数々の内装デザインを手がけてきた立川さんだが、海の向こうでは職人と何度も現地を訪れることができない難しさも感じていた。そこでインスピレーションとなったのが、オートクチュールを専門とした仕立て屋が手がける「既製服」を表す“プレタポルテ”だ。既製品として製造されるため、輸出がしやすく、オーダーの有無に関わらず職人への継続的な発注ができるようになった。

関守石
Photo by Taiki Fukao
茶道の世界で通行止めの役割を持つ関守石を、石英ガラスと絹の組み紐で作り上げた作品。“空気を読む”前提の文化のなかで、置くだけで結界のような意味合いを持つ日本のエッセンスは、海外でもオブジェとしてラグジュアリーブランドの店内などに置かれている。

AMUAMIの作品でより深く意識しているのが「日本」。社会の成熟にともない、出自を意識する“ルーツ・コンシャス”のトレンドが世界中で高まるだろうと立川さんは確信を持って予見する。


「“グローバル”と聞くと枝葉を伸ばして広がるイメージがあるかもしれませんが、僕は逆で、いかに根を深く張っていけるかだと思います。誰も日本人の僕らにフランスっぽいものなんて求めておらず、むしろ“日本だからこそ”の美意識や表現が求められています。」


日本にある“生活の美”は、欲張りで、曖昧で、美しい

立川さんが考える日本のユニークさは、なんと言っても“世界の文化の終着点”であるところ。ヨーロッパやインド、中国などの大陸から伝わった文化が太平洋を前に吹き溜まり、国内外の文化が一国のなかで醸されてきた歴史がある。


「日本は海外文化を寛容に受け入れ、自分なりに応用したり仕上げたりすることに長けています。神仏習合や和洋折衷、ひらがなから漢字まで組み合わせたり、食卓に和洋中が乗ったり……ここまで欲張りで柔軟な国はそうそうありません。」


八卦
Photo by Daisuke Hashihara
透明感あふれる石英ガラスに黒と赤の漆を重ねた敷台。モダニズムの代表的なマテリアルであるガラスと、相反する侘び寂び文化を象徴する漆を掛け合わせた。使い込むごとに漆が表情を変えていき、「美」の概念が変化していく作品。

そう笑う立川さんは、制作手法の組み合わせ方や仕上げの塩梅が、各人の裁量に委ねられていたからこそ、日本ならではの寛容な「美」が生まれたと語る。


「ヨーロッパにおける絶対的な美に比べて、僕らのは相互関係のなかで生まれてくる曖昧な美だと思うんです。」


陶芸の世界で言われる「つくり手八分、使い手二分」の言葉どおり、使い手がいて初めて完成する美しさがある。作品が人々の生活や社会に与える影響までを見据え、職人らの足並みをも揃えてゆく。その考え方には、立川さんの「美」の礎を築いた師匠の存在があった。


“古典”のインプットを繰り返すことで、見えてくるものがある

「『ほら、羊羹をこのお皿に置くのと、そのお皿に置くのでは全然違うでしょ』と口を酸っぱくして言う人だったんです。永井敬二さんって。」


椅子の世界的コレクターとしても知られるインテリアデザイナーの永井敬二さんこそ、自身の美の師匠だと懐かしそうに振り返る。永井さんが大事にしていたのは「実際に使ってみること」。貴重なコレクションに触れ、身体感覚を通じてデザイン美の本質を感じ取ることができたという。


KIYOMIZU
Photo by Taiki Fukao
木工の町として知られる福岡県大川市の精密な職人技術が生んだ立体組子の家具シリーズ。日本人が得意とするミニチュア文化を取り入れ、京都の清水寺に使われた構造を模してネジや釘を使わずに設計した。また、イタリアの建築家、ジャンフランコ・フラッティーニ氏と木工作家、ピエルルイジ・ギアンダ氏が作り出したテーブルの名作『Kyoto』の緻密さにも影響を受けている。

「永井さんからは基礎的なものの見方、とりわけ古典を教わりました。数々のデザインの原型に触れ『なぜ、こんなに綺麗なんだろう』と考え続けたことが、今の自分の財産となっています。」


質の高いインプットをひたすら続けるうちに、自分のなかで明らかな「美の基準」ができていったと話す立川さん。「古典となる作品には必ず理由がある」と語る彼の作品たちも、歴史的な建造物や過去の偉大な作品の影響を大いに受けている。古典から伝統を学び、現代を生きる自分たちに投影していくのは、ものづくりに限らず先人から受け取れるギフトだろう。



霰こぼし
Photo by Taiki Fukao
端正な檜の箱の天板に、伝統技術をふんだんに使った木箱のシリーズ。桂離宮の園路に使われている技術「霰こぼし」を彫刻で再現し、名園の小径を部屋に引き込む。雪見障子で雪景色を楽しんだり水面に月を写して愛でたりする、自然と一体化する日本ならではの感覚を込めた逸品。
五輪塔
Photo by Daisuke Hashihara
密教と一緒に大陸からやってきた「地、水、火、風、空」の五大思想を日本人が具現化した五輪塔。国産の木で形作られたところに土佐の手漉き和紙を職人がひとつずつ貼り付けた作品です。十数年前に突如見つかった運慶作と見られる木造大日如来坐像の体内に潜ませてあった五輪塔にインスピレーションを受け、なかに形見などを保管できる収納スペースが作られた。

行雲流水。革新の流れがあれば、伝統は腐らない。

「温故知新」を体現するAMUAMIの作品群には、もう一つ、「守破離」という共通の軸がある。師匠から学んだ型を守り身につけ、あえて破った上で、最後には離れて自らの新たな型を生み出す過程だ。彼は“変える”ことを恐れない。


「僕が考える伝統とは、“守破離の連続”です。守るだけでは絶滅危惧種のような存在になり、いずれなくなってしまうでしょう。挑戦して新たな型を生んでいくことで、次世代に『今度はこれを超えてみろ』と言えるような循環が続いていくうちは、きっと途絶えない。流れる水は腐らないですから。」


時代に合わせてスタイルを変えながらも伝統産業が続いていくことで、後継者不足や技術消失も阻止できるはずだ。後継ぎを雇えずに困憊する職人たちの姿を目の当たりにしてきた、立川さんの覚悟と誓いである。

綾巻 Stand lignt
Photo by Taiki Fukao
穏やかな和室にもモダンな洋室にも合う、洗練されたデザインのランプシェード。世界に2台の貴重な機械で作られたシルクのシェードを作る職人と出会い、「僕に預けてくれないか」とアプローチした。貝合わせやカルタなど日本人の遊びの原点である「アワセ」を意識し、大正期の木製織り機で織られた絹の真田紐と“絹”を合わせた柔らかな作品。
Frill
Photo by Kazuhiro Shiraishi
竹藝家、中臣一氏とコラボレーションした竹の照明。竹の軽さを表す浮遊を取り入れ、竹を通った光が部屋の中へと続く。俳句の連歌のように何度もやりとりを重ねる中で生まれ、竹を操る中臣氏自身が「竹でこんな表現ができるとは」と驚いたという完成度の高い逸品。

ここにいる“私たち”が、日本人として日本を深めていく

信念とともに始まったAMUAMIでは、国内外からのハイエンド客との取引が始まっている。一方、日本の職人技術は多くのラグジュアリーブランドの製品に取り入れられながらそれを公表できない構造のなかにいる上、近年では世界中の伝統技術とパートナーシップを組む大手ブランドの動きに危機感を覚える人も少なくない。その問題に対し、立川さんは「自分たちでボールを持てるかどうか」だと熱く語る。


「イタリアやフランスのブランドは、絶対に自分のボールを離しません。彼らが主導権を持つので、彼らのやり方に従わざるを得ない。日本人は自分たちの技術力を声高に主張することが苦手ですが、日本人が日本人のやり方でボールを持てる状態をAMUAMIで作り出したいと思っています。」


立川さんが描く未来像には「文化経済圏」がある。それはフランスやイタリア同様に、その土地に根付く文化そのものがお金に変わっていく世界だ。


「僕の目標は、日本を“工芸大国”にすること。世界でも有数の伝統技術が残っている国だからこそ、しっかり育てていけば、底力がお金に変わると僕は信じているんですよ。」

Photo by Taiki Fukao

情熱の源泉はどこにあるのか。最後に伺うと、無邪気な笑顔でシンプルな答えが返ってきた。


「 僕の故郷は長崎ですが、もしもちゃんぽんがこの世からなくなってしまうなんてことが起きてしまったら耐えられません。みんなきっと、自分の地元の郷土料理や祭りがなくなったら、自分のアイデンティティや大切なものが剥ぎ取られたような気持ちになるはずです。自分たちが授かった大事なものを失うことは、やっぱりないほうがいいですから。」


この10年以上、伝統工芸や職人の消滅は危惧され、いまだにその危機を脱することはできていない。時代が刻々と移ろう中、立川さんは新しい道を切り開き続けてきた。伝統技術にどんな型破りな未来が待っているのか。AMUAMIの作品を前に、日本文化の維持と醸成は自分ごとでもあるのだと気が付く人もいるのだろう。立川さんが紡ぐ工芸の物語を追いかけながら、共に嗜み、美しさへの理解を深めたいものだ。